1.水木妖怪ワールド

NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」を楽しく見ています。この作品の原点になった水木しげるさんには色々興味があり、出身地の境港市を訪ねました。
① 太平洋戦争の激戦地、15万の日本兵士が送り込まれ、10万人以上が死んだ悲しい戦跡「ラバウル」より、一兵士の身で左腕を失いながら生還した人。
現地の人、土と共に生きる人「大地の民」と親しみを持つ水木さんの人を造ったラバウルの地を見たく、私は2008年1月この地を訪ねました。
② ペンネーム 水木は戦後の昭和25年 神戸市兵庫区水木道に譲り受けたアパートの名が「水木荘」で、紙芝居の名人「鈴木勝丸」さんが本名「武良茂」を覚えてくれず、何時まで経っても「水木さん」と呼ぶので、それに従って付けた名前。その、あいまいさと私が「神戸」出で、土地勘もあり親しさを覚えました。
③ 妖怪好き; 「ベビィ」(水木語で子供の意味)のころ武良家に手伝いに来ていた景山ふさと云う老婆「のんのんさん」がお化けや妖怪、地獄の話をしてくれた。菩提寺の「正福寺」に「地獄、極楽」の絵がある。などの幼時体験にもとずく。自然を恐れ、人を敬う心が、今重要と思う。
④ 「なまけものになりなさい」と云う水木さんの幸福論;ただし若いときは怠けてはだめ。好きな道、努力しなくては食えません。老年になっらたら愉快に怠けなさいと言う意味。
このように水木しげるに興味を持って、滅多に行く機会のない山陰のこの地を訪ねました。
2.妖怪あふれる境港市
カニ水揚げ日本一と云う漁港の町が、水木しげるの生誕の地、NHK朝ドラ「ゲゲゲの女房」の人気に加速されて妖怪の町、鬼太郎の町に隠岐より船でつきました。フェリーに繋がる渡船橋を降りた所がJR境港駅。ここから妖怪の町が始まる。
駅前に水木先生執筆中、鬼太郎ポストが並び妖怪の町が始まる。
①水木しげる ロード
駅前から東に延びる800mの本町道りが水木しげるロード。橋の欄干、店の中、あらゆる所に妖怪が潜む。2010年4月現在妖怪ブロンズ像139体で今なお増え続けている。
「妖怪ガイドブック」を購入、駅前の観光案内所で貸自転車を借り、探索に出かけました。
小さい妖怪くんもカワユイ。写真を撮っていると限がない、河童の泉。
妖怪神社、水木しげる記念館を詳しく見る。
妖怪神社の門前に「目玉おやじ清め水」が設置されていた。大きな大理石の目玉が流れ出る水でくるくる回転するものです。近所の米子高専が開発したものです。
大きい怪獣、小さい怪獣、町中怪獣がそこかしこにうごめいている。「怪獣ガイドブック」を見ながら多く人が歩いている。楽しい街です。
② 境港の町
自転車を駆って水木先生の生家を訪ねる。
水木プロダクションの看板と道標があった。
生家は境水道の近く、対岸の島根県まで石がとどきそうです。妖怪の森がありそうです。
水木先生が幼少時代に影響を受け、妖怪画の原点となった地獄極楽絵のある菩提寺の正福寺まで行きたかったのですが雨が強くなり残念でした。
妖怪の壁画が描かれた倉庫がある。交番も鬼太郎交番。郵便局も鬼太郎。駅前のポストにも鬼太郎がいる。JR境港駅も鬼太郎駅と呼ばれている。
町中に妖怪が溢れていました。先日訪れた隠岐の島には水木家の故郷と言われる「武良郷」が「島後ろ」にあり隠岐へのフェリーに「鬼太郎フェリー」が就航している。
米子から境港までの16駅、すべてに妖怪の愛称名がつき、「鬼太郎列車」が運行されている。
③ 妖怪列車が走るJR境線
鬼太郎列車とねこ娘列車。
高松町駅はすねこすり駅と呼ばれ妖怪の絵が駅名。米子空港は「米子鬼太郎空港」と呼ばれ、JRの駅はべとべとさん駅と呼ばれる。
16番目の米子駅は0番線,ねずみ男駅。
ホームの乗り換え階段にも鬼太郎の絵。次の駅、安来に立ち寄る。
安来はどじょうすくいで有名な「安来節」の発祥の地,一新会の旅行で訪ねた日本一の庭園「足立美術館」の在るところです。今年は「げげげの女房」で好評の水木しげるの妻、布枝夫人のふるさとで賑わっています。駅前の風景を楽しみました。
駅の裏には「日立金属」の安来工場がありました。
3 水木しげるの原点
今回の一新会旅行で水木しげるの妖怪を随分見てきました。初めは水木と言う名前が私の出生の神戸の地名に関する事で興味を持ちました。なぜ水木先生が妖怪に興味を持って居られるのかを知りたいと思いました。若いころの下働きの「のんのんば」の妖怪の話、菩提寺正福寺で見た地獄極楽の絵、境水道の景色などより、水木少年は、現実とは別に「目に見えないもう一つの世界がある」ことを確信したことが先ず第一。次に太平洋戦争でニューギニア戦線で何度も死にそうになりながら、生き延びることが出来たのは、戦争とは別の楽園世界、現地人たちの不思議な世界がある事を知った事にあると水木先生は言っておられます。
私は2008年1月雲で霞むラバウルに行ってきました。現地の子供たちは大きく
手を振って、「ラバウルの歌」を歌を歌いながら歓迎をしてくれました。
水木先生の原点に接した気持でした。
目に見えない、もう一つの世界に乾杯!!
水木しげる氏顕彰像
2009年、水木しげる氏米寿の年、先生の功績を讃えるために創られた顕彰像。
石碑には先生の名言「なまけ者になりなさい」と刻まれている。
先生は長い下積みの中貧困に耐え、好きな絵を、先生の理想の下に、ひたすら励まれ
ました。米寿の年を迎えてようやく「なまけ者になりなさい」との心境になられたものです。何もできない若者に「なまけ者になれ」とは言われていない事は先生の生涯から明らかです。
年配になって、厚かましく蔓延る者への警告と思われます。
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